校長の研究室 
> 作曲理論研究1「フーガの書法」

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▲ J.S.バッハ作曲
『平均律クラヴィーア第1巻』より 第16番フーガ

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J.S.バッハ作曲 『平均律クラヴィーア第1巻』 より 第16番 フーガの分析

 本作品は学習フーガの形式感に非常に近いので、分析を例示する。

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主題について

  • 比較的短い主唱で、冒頭が属音で始まっている。

  • 主唱の後半に特徴的なフレーズ(素材A)がある。

  • 対唱の冒頭は、素材Aの転回で得られる。

  • 答唱は主唱冒頭の属音を主音に変応している、いわゆる変答唱である。

構造について

  • 第1提示部

    アルト、ソプラノ、バス、テノールの順に、主唱、答唱が順次導入される。
    第2声部(ソプラノ)の答唱(d moll)終了直後に、第3声部(バス)の主唱(g moll)導入に導けない場合の処理方法として参考になる。
    導入声部は外声に置かれるのが良いとされるが、本作品では第4導入がテノールである。ただし上2声が休符であり、声部の導入は目立っている。

  • 第1喜遊部

    素材Aを活用し、素材Bを提示。

  • 第2提示部

    平行調で【主唱 → 答唱 → 答唱 → 主唱】 という順で導入。
    第4の導入の後、F dur での主唱が追迫する。

  • 第2喜遊部

    素材Aを活用。

  • 第3提示部

    下属調で【主唱 → 主唱】 という順で導入される。

  • 第3喜遊部

    素材Aと素材Bを活用。

  • 追迫部

    冒頭より属音度機能を示し、追迫部全体でも属音度機能を感じさせる。
    この作品では【主唱 → 主唱】の追迫が見られる。

  • 結尾部

    半拍ごとに和声が変わるなど、緊張感の高い進行が特徴的である。
    厳密には主音度機能ではないが、主音の保続音を感じさせる和声進行である。

疑問に感じたこと

若い時分、この作品が好きで弾いたが、譜例で「?」と示した音は H音の間違いではないか、と思ったことがある。当時、特に理由はなく「曲的に」といった感じであった。様々な演奏を聴いても当然 B音であるが、なぜ H音ではないかと感じたかを、今なら説明ができそうだ。

第3喜遊部において、アルト声部が素材Bを用いて上行する際、長2度、長2度、短2度と進行して主音に導いている。それを模倣反復進行するのであれば、 H音が自然である。

作曲者亡き今、意見を求めるわけにもいかないので、残った楽譜を正しいと判断するしか手はないだろう。しかし、以上のようにバッハが想定し、そのように弾いていた可能性があるのではないかと考えると、我々は正しきを求めて研究する必要があるのかもしれない。

 聴き比べてみましょう
B音バージョン :
H音バージョン :

最後に

本作品は主題の提示方法が規則的であり、素材の活用も積極的、かつ明瞭である。一方で素材以外の使用(自由唱)が比較的少なく、ひとつの素材を徹底的に展開していくところは、ベートーヴェンの交響曲第5番 『運命』 に通じるところを感じる。このような点から本作品は歴史的名作であり、模範とすべきと考える。

本作品の視聴、演奏を通じて多くのことを学ぶことができるので、研究素材として大いに活用していただきたい。

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